石原慶幸選手(広島カープ)が引退!引退の理由は?経歴もチェック

10月12日、広島東洋カープは石原慶幸選手(41)が今季限りで引退することを発表しました。

 

16日のマツダスタジアムで記者会見をし、11月7日の阪神戦で引退セレモニーを開く予定です。

 

今回は捕手として25年ぶりの広島カープの優勝に貢献をした石原慶選手の引退の理由と、石原選手の経歴を伝えていきます。
是非最後までご覧ください!

石原慶幸選手の経歴は?

石原選手は1979年9月7日に岐阜県で生まれました。

 

高校は岐阜県の県立岐阜商業高校に進んだ石原さんは、2年と3年の夏に甲子園に出場しました。
大学は東北福祉大に進学し大学し大学3年時に大学日本代表に選出されるなど活躍しました

 

そして2001年ドラフト4位で広島カープへと入団しました。

 

試合数は少ないながらも1年目から1軍で試合出場を果たした石原さんは、2年目からは出場機会を増やし116試合に出場しました。

 

プロで試合に出れず引退する選手が多い中、すごいことですよね!

 

3年目の2004年には開幕スタメンにも選ばれ、自身初の規定打席にも到達し、打率288、6本塁打を記録しました。

 

2009年には、打席に立つことはなかったものの第二回のワールド・ベースボール・クラシックの日本代表にも選出され、日本の優勝を陰で支えていました。

 

広島カープの暗黒時代から捕手としてチームを支えてきた石原選手でしたが、2016年に優勝を果たします。

 

優勝した2016年は初のゴールデングラブ賞とベストナインを獲得し、野村祐輔投手と最優秀バッテリー賞を獲得しました。

 

石原選手の活躍が優勝に大きく貢献した様ですね!!

 

2017・2018年とチームは優勝を果たし3連覇を果たし、石原選手も2016年よりは試合出場数も減ってしまいましたが、チームの3連覇に大きく貢献しました。

 

2018年には史上292人目の1000本安打を達成しました。この記録を達成した38歳8カ月は史上最年長であり、広島の捕手では史上初でした。

チームでも歴史に残る選手ですね!

 

2019年は試合数は激減しましたが、盗塁阻止率5割を記録するなどその存在感を示しました。

 

今年2020年は今季3試合目となる8月27日のDeNA戦で内野ゴロを打った際の1塁に向かう途中に足を負傷しました。
復帰を目指してリハビリをしていましたが、そのまま引退を発表しました。

 

プロ野球の一時代を築いた石原選手なので引退は寂しいですね。

お疲れさまでした。

石原慶幸選手の引退の理由は?

今のところ引退理由などは明かしていませんが、2020年はケガに泣きリハビリをしていたので、年齢的に体のコンディションが良くなかったのかもしれません。

自分から引退を申し込んだということなので、捕手として責任感の強い石原選手ですので、自分が勝利に貢献できていないことに対して思うことがあったのかもしれません。

 

近年の広島カープの捕手は若手が台頭しているということもあるので、そのあたりも考えたのかもしれませんね。

 

石原慶幸選手の経歴・引退の理由のまとめ

当記事では石原慶幸選手の経歴、引退の理由についてわかりやすくお伝えしていきました。

 

チームでもその信頼は厚く復帰を望まれていた石原選手だけに引退はとても残念ですね。

 

今後の進路はまだわかりませんが、長いプロ野球での経験を活かして、コーチなどでその経験を伝えていってもらい名選手を育ててほしいと思います。

 

石原選手、19年間本当にお疲れさまでした。ごゆっくりお休みになってまたプロ野球の世界に戻ってきてください!

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

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